顕微授精とは、精子の数や総運動精子数が極めて低い方が選択する不妊治療です。「妊活の最終手段」ともいわれ、タイミング療法や人工授精をしても子どもを授からない場合に検討されます。
日本では夫婦の約39%で「不妊に悩んだことがある」と回答し、実際に不妊の検査や治療を受けた夫婦は約22%でした。夫婦全体の約4.4組に1組の方が、不妊の検査や治療をしたことがあるのです。
出典:厚生労働省:不妊治療と仕事との両立ハンドブック
不妊は男性・女性のどちらの身体に原因があるとしても、早期診断と早期治療が重要なカギです。今回は、顕微授精でも受精できない原因には何があるか、男性側の原因について詳しく解説していきます。
- 男性不妊・精索静脈瘤にお困りのかたへ
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男性不妊の40%にある精索静脈瘤は、精巣やその上の精索部(精管、血管、神経、リンパ管などを覆う膜)に静脈瘤(じょうみゃくりゅう・静脈の拡張)が認められる症状のことを指します。一般男性の15%に認められ、男性不妊症患者の40%がその疑いであるとされています。
顕微授精でも受精できない原因
顕微授精では細いガラス針を使用し、顕微鏡で確認しながら1個の精子を卵子に直接注入します。
「体外受精」は顕微授精と受精方法が異なり、洗浄した精子を卵子に振りかけて自然受精を待つ方法です。体外受精の受精率は75~85%で、顕微授精は85~95%と顕微授精のほうが体外受精に比べて受精率は高いデータがあります。
しかし、どれほど受精率の高い顕微授精であっても、受精が上手く起こらない場合があります。何度も顕微授精を試しても受精に至らない状態は受精障害と呼ばれており、精子や卵子に何らかの原因がある状態です。
女性側と男性側のどちらか一方だけが原因の場合や、女性と男性どちらにも原因がある場合もあります。それぞれの考えられる原因を確認していきましょう。
女性側の原因
顕微授精で受精できない女性側の原因としては、以下のとおりです。
- 透明体の異常
- 卵子活性化の異常
- 卵子が未熟
透明体の異常
透明体とは、卵子を包んでいるタンパク質でできた透明な殻です。透明体は柔らかい卵子を保護する役割があり、卵子に多くの精子が入りこむことを防いでいます。この透明体が通常より固かったり、厚かったりすると、精子が透明体を通過することができず受精できません。
卵子活性化の異常
精子が卵子の細胞膜に到達すると、通常は卵子活性化が起こります。卵子活性化をきっかけとして、細胞分裂が始まるのです。しかし、何らかの異常があると、卵子活性化が起きずに受精ができません。
卵子活性化は女性側が原因の場合もあれば、男性側の精子に異常がある場合にも起こります。卵子活性化に異常がある場合、カルシウムイオノフォアや電気刺激を用いて受精の手助けが可能です。
卵子が未熟
採取された卵子が未熟な場合は、卵子の受精能力がないため受精できません。排卵時に成熟していた卵子に比べ、未成熟であった卵子はたとえ体外で成熟させたとしても、その後の受精率は低くなります。
男性側の原因
次に、男性側の原因も確認しておきましょう。
- 精子の数や運動率が低い
- 奇形精子が多い
- 精索静脈瘤による精子のDNA損傷
- 卵子活性化の異常
精子の数や運動数が低い
造精機能障害とも呼ばれ、精子を作る機能に異常がある状態です。異常があると精子濃度や運動率の機能が弱まり、受精率が低くなります。造精機能障害の多くは原因不明ですが、造精機能障害の35%以上は精索静脈瘤が原因です。
精索静脈瘤は手術での治療が可能なため、手術することで受精できる可能性が高くなります。精索静脈瘤について詳しくはこちらをご覧ください。
奇形精子が多い
奇形精子は男性なら誰にでもあり、奇形精子がない人はいません。しかし、WHO(国際保健機関)が公開している基準に沿うと、見た目が正常な形をした精子の割合が4%未満の場合、奇形精子症と診断されます。
奇形精子症も造精機能障害のひとつで、精索静脈瘤が原因の場合も少なくありません。
精索静脈瘤が見つかれば、治療が可能です。
精索静脈瘤による精子のDNA損傷
男性に精索静脈瘤があると、精子のDNA損傷が起こります。受精卵・胎児のDNAは、精子のDNAと卵子のDNAから50%ずつ提供され造られます。精索静脈瘤による精子のDNA損傷が受精卵・胎児のDNA損傷を招き、流産などのリスクになっています。
卵子活性化の異常
正常な受精反応が起きると、卵子内のカルシウムイオン濃度が上昇します。しかし、精子に何らかの問題がある場合、精子が卵子に入っても反応が起きません。
卵子活性化には、精子のカルシウムイオン濃度の上昇を促す働きが必要です。精子に卵子活性化の力がない場合は、人工的に卵子活性化処理を施すことで受精の手助けを行います。
顕微授精の料金
2022年4月から不妊治療にかかる費用が保険適用となり、顕微授精も対象となりました。しかし、顕微授精を保険診療で受けるには、回数や年齢に制限があります。
制限があるとは言っても以前は自費診療であったため、3割負担で顕微授精できることは大きなメリットです。保険診療の条件と、費用の目安は以下のとおりです。
保険診療の条件
不妊治療開始時の女性の年齢 | 回数 |
---|---|
40歳未満 | 1子につき通算6回まで |
40歳以上43歳未満 | 1子につき通算3回まで |
治療開始時に女性の年齢が43歳未満であることが条件です。女性の年齢が43歳以上の場合は、保険適用対象外となります。
費用の目安
顕微授精の費用は、保険適用で1回あたり20万円前後です。自由診療の場合は1回あたり70万円前後かかります。タイムラプスや子宮内膜スクラッチなどの先進医療は、保険適用対象外で1回数万円のものがほとんどです。
先進医療なども含めると、非常に経済的な負担となってしまいます。保険診療分は高額療養費制度の対象となりますので、上手く活用して費用を抑えることが大切です。
国による少子化対策として「特定治療支援」が行われています。自治体によっては「一般不妊治療費助成」や「先進医療助成」がある場合もあります。各支援や助成については、お住まいの自治体の情報を確認してください。
また、保険適用に伴い、どのクリニックでも同じ費用となりました。下記費用以外にも薬代や注射代などが発生する場合があります。
管理料
生殖補助医療管理料 | 900円/月 |
---|
採卵
採卵基本料 | 9,600円 |
---|---|
1個 | 7,200円+採卵基本料 |
2~5個 | 10,800円+採卵基本料 |
6~9個 | 16,500円+採卵基本料 |
10個以上 | 21,600円+採卵基本料 |
顕微授精法
1個 | 14,400円 |
---|---|
2~5個 | 20,400円 |
6~9個 | 30,000円 |
10個以上 | 38,400円 |
受精卵培養
1個 | 13,500円 |
---|---|
2~5個 | 18,000円 |
6~9個 | 25,200円 |
10個以上 | 31,500円 |
胚盤胞培養
1個 | 4,500円 |
---|---|
2~5個 | 6,000円 |
6~9個 | 7,500円 |
10個以上 | 9,000円 |
胚移植
通常胚移植 | 22,500円 |
---|---|
凍結融解胚移植 | 36,000円 |
胚の凍結保存
1個 | 15,000円 |
---|---|
2~5個 | 21,000円 |
6~9個 | 30,600円 |
10個以上 | 39,000円 |
精索静脈瘤手術による顕微授精の改善例
精索静脈瘤は自然に治癒するものではなく、早期発見と治療が重要です。精索静脈瘤手術で精子の量と質(DNAなど)が改善し、自然妊娠で妊娠した例も多数あります。
顕微授精をする程度の精子所見でも、顕微授精での妊娠率が45%から60%まで上昇したという結果が出ました。不妊治療で効果が出にくい場合は、精索静脈瘤の可能性も考えられるため、検査を受けてみましょう。
まとめ
顕微授精で受精できない理由は、男性側と女性側でいくつかの原因があることが分かりました。
不妊治療は1回で成果を得られることもあれば、遠い道のりを歩まれるご夫婦もいます。昔は不妊の原因は女性側にのみあると言われることがありましたが、現在では男性側にも半数近くの割合で原因があることがわかっています。
2022年4月から体外受精と顕微授精が保険適用になり、不妊治療へチャレンジしやすくなりました。しかし、保険適用には年齢上限や回数制限があり、慎重に精子と卵子の状態を調べてから不妊治療の段階を踏むことが大切です。
特に、男性側に精索静脈瘤が見つかれば、治療が可能です。
奥様に婦人科的問題がないにも関わらず、多くの場合婦人科では、精液が悪いと男性の治療はせずに、体外受精や顕微授精をすることがあります。
男性の精索静脈瘤を直すことにより、精子のDNA・染色体が良くなり、良い受精卵を得ることができます。受精卵が良くなれば、自然・人工授精・体外受精・顕微授精など全ての方法で、妊娠率・出産率が上昇します。流産や奇形の減少などにもなり、奥様の負担を減らすことができます。
当院では、この精索静脈瘤の治療を専門としており、これまでに多くの方が自然妊娠されています。
奥様に婦人科的問題がある場合でも、男性を良くすることにより、ステップダウンが可能です。
心当たりの方は、ぜひ一度受診されてみてはいかがでしょう。
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この記事の執筆医師
永尾 光一 先生
東邦大学 医学部教授(泌尿器科学講座)
東邦大学医療センター大森病院 リプロダクションセンター
東邦大学医療センター大森病院 尿路再建(泌尿器科・形成外科)センター長
昭和大学にて形成外科学を8年間専攻。その後、東邦大学で泌尿器科学を専攻し、形成外科・泌尿器科両方の診療科部長を経験する(2つの基本領域専門医を取得)。得意分野はマイクロサージャリーをはじめとする生殖医学領域の形成外科的手術。泌尿器科医の枠を超えた細やかな手術手技と丁寧な診察で、様々な悩みを抱える患者さんから高い信頼と評価を得ている。
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